◆大宮開成高校インターアクト生◆
長嶺さん

 大宮開成高校インタアクトクラブ部長の長嶺です。今回は、韓国に行って、手記や見聞を深めてきたいです。
  宜しくお願いします。

柴田さん
 大宮開成高校2年の柴田です。貴重な経験をさせていただけるので、無駄にしないようにしたいです。

◆大宮西高校インターアクト生◆

鈴木さん
  こんばんは。大宮西高校の鈴木です。
  韓国では、韓国人の方とたくさん会話をし、文化にふれて、存分に満喫してきたいです。

鈴木さん
  大宮西高校1年の鈴木です。私は、韓国では、日本にいたら気付かないような文化の違いを学んできたいです。また、韓国語が通じるように頑張りたいです。

三品さん
  大宮西高校の三品です。韓国に行ったら、様々な事を体験し、韓国の文化を知って、帰ってきたら日本の文化と比較をしてみたいです。

元米山奨学生 徐 海波 さん
 皆さん、ご無沙汰しています。私は、ロータリーに出席するのは6年ぶりです。今の心情は、故郷に戻ったような感じで、とても懐かしいです。
  ロータリーでの奨学生としての2年間は、私にとってとても大きかったです。毎回、ロータリーの例会に出席して、皆さんから日本の事について教えていただき、勉強になりました。特に、当時のカウンセラーだった林先生に大変お世話になりました。その中で、印象に残っているのは、ご自宅に招かれ、“うどん”と“そば”の作り方を教えてもらい、生まれて初めて自作のうどんを食べたことです。その時の美味しさは、今でも鮮明に覚えています。
  奨学金をいただき、勉強にも専念できました。大学院2年間の成績と、修士論文が評価され、理科大初の留学生として、首席で大学院、修士課程を修了することが出来ました。これも、ロータリーの皆さんの支えがあったから出来た事です。心から感謝します。
 そして2002年4月1日に松下電器に入社しました。この時も、1,000人の新入社員の中で、答辞を述べることができました。これも、松下初めて、外国人新入社員としてとして選ばれました。しかし、人事から「棒読みをしてはいけない。暗記して下さい」と言われ、暗記をしました。しかし、社長の怖い顔を思い出すと暗記が忘れそうでした。2002年は、松下電器が赤字だった年で、社長が険しい顔をしていたのです。 そこで、どうやってこれを克服しようか考えて、雑誌にあった社長の怖い顔に向かって何十回も答辞の練習をしました。当日も、社長の顔を「これは、雑誌だ」と自分に言い聞かせ、5分くらいの答辞を述べることができ、最初の仕事を無事に終わらせられました。それから5年間は、営業関係の仕事をしました。
 昨年から、日中文化スポーツ交流年という組織に出向しました。この組織を簡単に紹介します。06年、当時の総理、安倍さんが中国に訪問した時、2007年は日中国交正常化35周年なので、「様々な文化活動を通じて更に両国の関係をよくしましょう」という合意がありました。

安倍元首相は麻生元外務大臣にこれを指示し、麻生元外務大臣は、これを、経団連の御手洗会長に指示したので、御手洗会長は引受けました。昨年12月に、交流年の実行委員会を立ち上げました。実行委員会では、御手洗会長は委員長、日本を代表する14社の会長は副委員長として就任しました。トヨタや電通、全日空や弊社の会長も副委員長です。それぞれの会社から、事務局員を出して事務局を立上げました。私の仕事は、中国側との窓口です。日本側の実行委員会は、全て民間人です。しかし、中国側は、全て政府機関の関係者です。例えば、外交部は、日本の外務省に当たる機関です。私は、両方の事情を知っているので、窓口となりました。お陰で、私は、日本経団連の会長と一緒に仕事をさせていただいています。最初は緊張したのですが、皆さん親切なので、だんだんなれました。
  この写真は、昨年3月、御手洗会長と北京を訪問時、温家宝総理と会見した時のです。もっと良い写真を撮りたかったのですが、温家宝総理は専属カメラマンの方にしか向きません。ですから、次回はそのカメラマンの立ち位置と同じほうに立ちたいです。この時は、温家宝総理の訪日前でした。この時初めて、訪日について「交流の温まる旅にしたい」と言いました。
  こちらは、酒井法子さんと福原愛さんです。酒井さんは文化親善大使、福原さんはスポーツ親善大使として就任しました。理由は、酒井さんは中国で知名度が高いからです。どのアンケートでも、芸能人では、断トツ1です。福原さんは、幼少の頃中国で卓球をやっていました。コーチは中国人でしたので、自然で流暢な中国語を話します。中国でも人気があります。この写真は、福原さんがスポーツ親善大使として、上海の小学校を訪問した時の様子です。この時は、大失敗でした。福原さんが、子供達に卓球を教えるのですが、日本と中国のマスコミ関係者が卓球台を囲んだので、福原さんが卓球を上手に出来なかったのです。私は、よけて欲しい旨を中国語と日本語で言いましたが、なかなか聞いてもらえません。福原さんも疲れた表情でした。夜、日本から電話があり、「今日のスポーツ親善大使の訪問大成功でしたね。」と言われました。どうしてか分かりませんでしたが、帰国後、日本で放映されたビデオを見て初めて分かりました。編集されたビデオでは、あの混乱状況は全然分かりませんでした。編集力には、本当に感心しました。
  これは、温家宝総理の来日時の歓迎レセプションパーティをした時のものです。これは、私達、実行委員会が主催しました。私は、セキュリティの担当責任者です。警視庁の方々と連携して対応しました。酒井法子さんから温家宝総理に花束贈呈がありました。
  これは、酒井さんは、文化親善大使として中国を訪問された時の記者会見の様子です。後ろは私です。通訳をしました。この時はとても緊張していました。というのは、政治的な質問が来た時の回答が難しいと考えていたからです。しかし、酒井さんの回答が素晴らしかったので、無事に済みました。
 日中交流の歴史は、2000年くらいあります。その中で、確かに不愉快な事もありましたが、歴史の中ではわずかと言えるのではないでしょうか。この仕事をして分かったのは、密になればなるほど問題解決になるという事です。21世紀は、中国と日本が対立するのではなく、共に歩んでいく正規でなければならないと思います。
  私は、日本に来て16年になります。このような文化交流活動を通じて、私は日中の架け橋の役割を少しでも果たす事が出来れば、お世話になった方々への恩返しになると思います。これからも、このような活動を続けていきたいです。

ニコニコBOX合計 42,000円  累計 844,500円

会員数  54名   (出席計算会員数) 53名
出席数  54名   出席率 100% 

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