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| ◆大宮開成高校インターアクト生◆ |
安倍元首相は麻生元外務大臣にこれを指示し、麻生元外務大臣は、これを、経団連の御手洗会長に指示したので、御手洗会長は引受けました。昨年12月に、交流年の実行委員会を立ち上げました。実行委員会では、御手洗会長は委員長、日本を代表する14社の会長は副委員長として就任しました。トヨタや電通、全日空や弊社の会長も副委員長です。それぞれの会社から、事務局員を出して事務局を立上げました。私の仕事は、中国側との窓口です。日本側の実行委員会は、全て民間人です。しかし、中国側は、全て政府機関の関係者です。例えば、外交部は、日本の外務省に当たる機関です。私は、両方の事情を知っているので、窓口となりました。お陰で、私は、日本経団連の会長と一緒に仕事をさせていただいています。最初は緊張したのですが、皆さん親切なので、だんだんなれました。
この写真は、昨年3月、御手洗会長と北京を訪問時、温家宝総理と会見した時のです。もっと良い写真を撮りたかったのですが、温家宝総理は専属カメラマンの方にしか向きません。ですから、次回はそのカメラマンの立ち位置と同じほうに立ちたいです。この時は、温家宝総理の訪日前でした。この時初めて、訪日について「交流の温まる旅にしたい」と言いました。 こちらは、酒井法子さんと福原愛さんです。酒井さんは文化親善大使、福原さんはスポーツ親善大使として就任しました。理由は、酒井さんは中国で知名度が高いからです。どのアンケートでも、芸能人では、断トツ1です。福原さんは、幼少の頃中国で卓球をやっていました。コーチは中国人でしたので、自然で流暢な中国語を話します。中国でも人気があります。この写真は、福原さんがスポーツ親善大使として、上海の小学校を訪問した時の様子です。この時は、大失敗でした。福原さんが、子供達に卓球を教えるのですが、日本と中国のマスコミ関係者が卓球台を囲んだので、福原さんが卓球を上手に出来なかったのです。私は、よけて欲しい旨を中国語と日本語で言いましたが、なかなか聞いてもらえません。福原さんも疲れた表情でした。夜、日本から電話があり、「今日のスポーツ親善大使の訪問大成功でしたね。」と言われました。どうしてか分かりませんでしたが、帰国後、日本で放映されたビデオを見て初めて分かりました。編集されたビデオでは、あの混乱状況は全然分かりませんでした。編集力には、本当に感心しました。 これは、温家宝総理の来日時の歓迎レセプションパーティをした時のものです。これは、私達、実行委員会が主催しました。私は、セキュリティの担当責任者です。警視庁の方々と連携して対応しました。酒井法子さんから温家宝総理に花束贈呈がありました。 これは、酒井さんは、文化親善大使として中国を訪問された時の記者会見の様子です。後ろは私です。通訳をしました。この時はとても緊張していました。というのは、政治的な質問が来た時の回答が難しいと考えていたからです。しかし、酒井さんの回答が素晴らしかったので、無事に済みました。 日中交流の歴史は、2000年くらいあります。その中で、確かに不愉快な事もありましたが、歴史の中ではわずかと言えるのではないでしょうか。この仕事をして分かったのは、密になればなるほど問題解決になるという事です。21世紀は、中国と日本が対立するのではなく、共に歩んでいく正規でなければならないと思います。 私は、日本に来て16年になります。このような文化交流活動を通じて、私は日中の架け橋の役割を少しでも果たす事が出来れば、お世話になった方々への恩返しになると思います。これからも、このような活動を続けていきたいです。
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